主宰・山田真砂年

山田真砂年(やまだ・まさとし)略歴

昭和24年(1949)
東京都品川区生まれ
昭和61年(1986)
未来図入会 鍵和田秞子に師事
平成2年(1990)
未来図新人賞受賞
平成7年(1995)
第一句集『西へ出づれば』上梓
俳人協会新人賞受賞(『西へ出づれば』)
平成11年(1999)
未来図賞受賞
平成20年(2008)
第二句集『海鞘食うて』上梓
令和2年(2020)
「稲」創刊
俳人協会評議員、日本文藝家協会会員

既刊句集

『海鞘食うて』

2008年9月

角川書店

『西へ出づれば』

1995年9月

花神社

自選句

『西へ出づれば』より百句抄

目の隅に波のきらめき種を蒔く

桃の日の泣き虫小僧でありしかな

恋猫を前に恋猫しどろもどろ

背をまるく歩いてゐるよ霾よ

夜もまぶし躑躅新宿百人町

春泥をこねてアダムを創らむか

有給休暇土喰う燕見てゐたり

あぢさゐや暮れて光りし月球儀

あきらめの類語を捜しなめくぢり

炎天にずいと出でたる僧の鼻

蕾てふ三角の意志如露の水

炎昼やするめのごとく部屋にゐる

インド五句

牛と来てそのまま牛と泳ぎたり

緋のカンナ終生路上で生活す

犬追ひて路上の昼寝続けをる

松葉牡丹きのふなかつた牛の骨

牛糞をよけそこねたる暑さかな

夏風邪やサラダに光る塩の粒

嬰の泣くや裏のトマトは熟しをり

黙祷の手にくしやくしやの夏帽子

夏痩せて下駄の前歯で歩きをる

中国・ウイグル自治区十句

西安を西へ出づれば残暑かな

敦煌の良夜かなたに驢馬打たる

綿摘むや西方浄土に尻向けて

片陰や驢馬と待つ児のうつらうつら

黄河上流柳をなぶる流れかな

ウイグルの美女はけだるし蠅叩

羊捌く汗に部族の誇りかな

灼くる地に絵を描き言葉教へらる

ろばの引く荷車昼寝の子が揺れる

体温をはるかに越えし地の蜥蜴

林檎割るアダムの分とイヴの分

足もとに枯葉ゴッホの耳のごと

言ひ訳は多弁となりて空也の忌

ぬつと来て冬の挨拶かはしけり

寝てをればいつか枯葉に埋れたる

くさめして下山の時も一人なり

雪道の汚れはじめて村に入る

子を叱る声近くして大氷柱

如月の望月僧の般若湯

実朝も公暁も寒の牡丹かな

水涸れの湖底錆たる発動機

塩水も真水も飲みて鮭来たる

月煌々白鳥のごと胸ひらく

髭根までりつぱな大根引きにけり

冬耕の一人が支ふ天のあり

三寒四温嘘がばれずにゐてつらし

恋猫の闇から出でて闇に入る

汗の顔力抜くとき笑ひとなる

ゼリーすくつて修道院へ行きたいと

蛞蝓銀河渡りて地に来しや

百畳の総本山や風入るる

チベット四句

銃剣の細身路上の西瓜売り

巡礼と並ぶ日蔭や嗅ぎ煙草

巡礼ともなれず真夏の土埃

夏帽や氷河に発す濁り河

どぢやう汁悪事企むこと楽し

名月や振りかへる空がらんどう

鶏頭の手ざはりをもて人に会ふ

かぎ鼻も秋はさびしき三角形

杉巨木たまらず雪を落しけり

炬燵よりでてきて鯛の干物売る

紫木蓮少女の笑ひ破裂する

鞦韆を降りてひよろりと眼鏡の子

麦秋の讃岐やまろきまろき山

カンボジア・ベトナム五句

ほうたるのあのあたりから地雷原

陰もなきメコンデルタや熱き風

食ふ為の蟋蟀追ひしベルボーイ

汗かかぬ兵士に笑ひかけらるる

サイゴンの夕立をゆけり松葉杖

南国の奇妙な果実星飛べり

沈丁や奈落に集ふ役者達

地に帰するもののぬくもり茸山

茸山夜目きくものの遠ざかる

酔ひをれば欲は少なし天の川

秋の繭火星近づきつつありぬ

抑へても肩が笑へり黄水仙

冬サボテン塞の虫を飼ひ慣らす

鏡餅下から罅の入りにけり

日照雨とは障子を開くる心地かな

魚には痛点のなき多喜二の忌

湖底へ道続きをり山桜

笹鳴やなみだ眼となる目玉焼

人声の澄み渡る日ぞ山桜

海恋へば海は声あぐ西行忌

中年のヴィタミン好きやブロッコリー

蜃気楼わが身いつしか生ぬるく

割箸もむず痒きかな毛虫とる

頭蓋骨どこかゆるびし昼寝覚

炎天の列の最後に爺と婆

月にある地球の影や秋の繭

すすき原いつ消えさりし蒙古斑

薄野や丸く眠れる人けもの

秋天やなんでも掴む赤子の手

みささぎの水で育ちし稲を刈る

りんりんと鶴渡り来て山の夢

しづしづと軍艦ゆけり懸大根

信濃路や手のひらほどの深雪村

降参のごとく手袋干されをり

涸川や物持たざればさばさばと

『海鞘食うて』より百句抄

雪解村背戸に爺婆かくしをり

梅ほつほつ神はつぶやき聴き給ふ

柚子もぐや道を斜めに峡の家

比良八荒墓の小さき一詩人

夜桜の重し重しと歩きをり

桜の夜雨の白濁してゐたり

春田打つ頬に高嶺の余り風

花茨笑ひひそかに野に充ちて

八月の人の形に濡れし砂

草の罠にかかる詩人と資本家と

海鞘食うて第六感のゆるぶかな

一服す余り苗にも水掛けて

田水引くすぐに歓喜の濁りかな

をのこらは棒切れが好き天道虫

ネパール八句

青田よりあがりてサリーきつくする

万緑や異国の神は目を剥きて

炎昼や川面に荼毘のうす煙

虱とる母娘も神の御前に

老いたればサリーゆつたり着て日傘

青田月夜地酒は風を呼び寄する

イラク紛争二句

ハンバーガー食うて戦は夏を越ゆ

水澄むや報復の喉嗄らしをり

弾力の失せし月夜のゴムボール

八瀬の村秋は天より降りて来し

野分過ぎ天のかけらに地の破片

杳杳と女身仏あり秋渇き

猫の舌三角月の細りゆく

寸劇の死は軽々と秋の虹

酔ひ初めは薄暮のごとしキリン草

陵や稲架を解きたる風の中

鶏頭や言葉投げつけ合うてをり

コンビニへ行かむ野分のあまり風

できたての湯葉の甘さよ山眠る

まほろばのたひらに枯れて門ひとつ

雪吊や松の翁を封じ込む

触角の折れしごとをり風邪心地

物言ふに口をとがらせ根深汁

虹鱒のにじみて水を走りけり

府中暗闇祭三句

暗闇の神を間近に祭かな

欅若葉闇に神々集ひ来し

闇踏みて粛々と起つ御輿かな

へうへうと老いてビールの泡吹かむ

山洗ふ雨過ぎゆけり蝸牛

さきがけの風に雨気ありさるおがせ

冷奴職場離れて猫背なる

耳遠くをり薔薇園のただ中に

中国三句

哈密瓜やゴビ灘に日矢七重八重

棉摘むや土の住居に寝起きして

大陸は杖もてゆかむ大毛蓼

木犀に気づくは老いに気づくごと

悴むや異端審問受けるごと

耳朶で冷ます指先山眠る

胎児いま魚の時代冬の月

ぼろ市二句

ぼろ市や仮面を売りて畏まる

神棚の買はれてゆけり寒さうに

初夢や厨に噴きし湯気に似て

玉手箱あけし顔もて礼者来る

退屈の海酸漿をならしをり

花辛夷声をたてずにはしやぎをる

夕桜潜水艦のぬめぬめと

内灘に地球はまろし栄螺食ふ

草田男忌ざんざ降りにも暑さかな

なめくぢり封印の闇出で来たる

夜鷹聞きわづかな酒を呑み残す

近江八句

秋日たらたら真言陀羅尼唱へたり

世を捨つる思ひ湖国に雁渡し

式部の実ほろほろ日本浪曼派

月煌々湖国にありて畏まる

雁落ちて風のくぼみの湖国かな

大水の杳杳とあり泡立草

蕭々と湖あり雁を鳴かしむる

信長の綺羅のなごりの薄紅葉

葛吹いて阿蘇の五岳を雲の中

中国四句

長江に鶏鳴を聞く寒さかな

大陸の古城に寒き厠かな

長江は滔々遺跡に冬萌えて

首長く痩せて少女等蜜柑売る

湯婆の夜や信濃の風の音

寄鍋遠しそこは詩人の座る席

霜柱ひとはぎくしやくしたるもの

ひむかしの野にあかねさす干大根

磯遊びをんなが先に脚濡らす

陽炎のむかうに神の身丈かな

生あらば鼻は濡れをる春北風

藤揺れて薄皮はがれゆく心地

枇杷食ふや心の少しすりきれて

空蝉や笑ひ消せざるピエロの口

チベット三句

冷房の機上夜更ししてをりぬ

雲の峰五体投地の近づき来

西蔵へ路それてゆく良夜かな

木歩忌やわれに黙つて白湯くれよ

しらむ夜の雲は動かず素十の忌

カシュガル八句

大陸に死ぬる覚悟や唐辛子

バザールに昨夜の捨て水こほりをり

鋳掛屋の徒弟幼し風花す

大陸の寒さ塀にはスローガン

気ままなる羊統べをり悴めり

昆崙に吹いて砂丘の凍て厳し

穴三つならびて寒き厠かな

口の辺に息を氷らせ駱駝鳴く